ボイメン時代の平野紫耀はなぜ離脱?脱退理由・共演NG説と2026年現在を徹底解説
平野紫耀さんとBOYS AND MEN(ボーイズ・アンド・メン、通称ボイメン)の関係は、現在の活躍を知るファンにとっても気になるテーマです。Number_iのメンバーとして国内外で活動する平野さんですが、ジャニーズ事務所への入所前には、名古屋を拠点とするボイメンの初期活動に参加していたと報じられています。2010年のグループ結成、2011年ごろの離脱、2012年のジャニーズ事務所入所という経緯は、過去の公式ブログや当時を振り返る報道からたどることができます。
一方、ボイメンを離れた理由や、平野さんと元メンバーの共演NG説については、確認できる記録と芸能メディアが伝えた推測を分けて考える必要があります。さらに2026年には、ボイメンが所属事務所との契約を終了し、「でらっくす・ボーイズ」への改名を発表するという大きな転換点を迎えました。この記事では、平野さんの初期活動から現在のNumber_iでの活動まで、公開記録と報道をもとに整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 初期活動:平野紫耀さんは2010年に結成されたBOYS AND MENの初期活動に参加していたと報じられ、2011年の公式ブログ関連記録にも名前が残っています。
- 脱退理由・共演NG説:2011年ごろの離脱が有力視されていますが、理由を明らかにした公式発表や、共演NGを裏付ける公表資料は確認できません。
- 2026年現在:平野さんはNumber_iとして活動中。ボイメンは2026年8月に「でらっくす・ボーイズ」への改名を発表し、2027年4月の名称一本化に向けて移行期間に入っています。
【結論】ボイメン平野紫耀の関係は?初期メンバーとしての記録を整理
平野紫耀さんとBOYS AND MENの関係を理解するうえで重要なのは、平野さんがジャニーズ事務所に入所する前、名古屋を拠点とする男性グループの初期活動に参加していたという点です。2020年5月10日付の週刊女性PRIME掲載記事は、平野さんが2010年結成のボイメンの初期メンバーとして名を連ね、前身となるプロジェクトにも参加していたと報じています。
ただし、当時の活動を現在の大規模なアイドルグループの所属形態と同じ感覚で捉えるのは適切ではありません。グループの立ち上げ期と、その後の知名度が確立した時期では、活動の規模やメンバー構成も異なります。平野さんの在籍については、当時のブログ記録や報道を手掛かりに確認するのが実態に近い見方です。
また、「ボイメン平野紫耀」という検索語には、いくつかの異なる疑問が含まれています。具体的には、初期メンバーだったのか、いつ離れたのか、なぜジャニーズ事務所に入所したのか、現在のボイメンとの関係はどうなっているのか、という4つの論点です。これらを一括して「黒歴史」や「確執」と結び付けると、確認できる事実と推測が混在してしまいます。
現時点で整理できるのは、平野さんがボイメンの初期活動に参加していたこと、2011年ごろにはグループを離れていたとみられること、翌2012年にジャニーズ事務所へ入所したことです。離脱理由や両者の現在の個人的な関係については、それぞれ別に検証する必要があります。

【2010〜2012年】ボイメン時代から離脱、ジャニーズ事務所入所までの年表
平野さんのボイメン時代を振り返る際、特に注目されるのが2010年から2012年までの約3年間です。グループの結成、離脱を示すブログの記録、ジャニーズ事務所への入所がこの時期に重なっています。
| 時期 | 出来事 | 記録から分かること |
|---|---|---|
| 2010年 | BOYS AND MEN結成 | 週刊女性PRIME掲載記事は、平野さんが初期メンバーとして活動に参加していたと報道。 |
| 2011年5月27日ごろ | ボイメン公式ブログにおける平野さんの名前の記録 | 同記事によると、この日が平野さんの名前を確認できる最後の投稿とされる。 |
| 2011年9月14日 | 清水天規さんのブログに平野さんへの言及 | 当時のメンバーによる投稿に、平野さんがすでに卒業していたことを示す記述があると報じられた。 |
| 2012年 | ジャニーズ事務所に入所 | 平野さんは関西ジャニーズJr.として活動を開始したと紹介されている。 |
| 2014年 | ドラマ『SHARK』で主演 | 俳優としての活動が本格化する転機の一つとなった。 |
| 2018年 | King & PrinceとしてCDデビュー | 平野さんの知名度が全国規模で広がる大きな節目となった。 |
| 2024年 | Number_iとしてデビュー | 2023年のKing & Prince脱退と旧ジャニーズ事務所退所を経て、新たなグループで活動を開始。 |
| 2026年 | Number_iとして活動、ボイメンは改名を発表 | それぞれが異なる活動体制でキャリアを築いている。 |
この年表のうち、2011年の具体的な日付は、週刊女性PRIMEが2020年の記事で紹介したブログ記録に基づくものです。2011年5月27日を最後の名前の確認日とする情報と、同年9月14日の清水天規さんの投稿が、離脱時期を推定する主な手掛かりになっています。
ただし、最後に名前が登場した日が、そのまま正式な脱退日を意味するわけではありません。グループ側が公表した正式な脱退日として扱うのではなく、2011年中に活動を離れていた可能性が高いと理解するのが妥当です。
2012年のジャニーズ事務所入所についても、入所年と、入所に至る経緯は区別して考えたいところです。週刊女性PRIME掲載の記事では、平野さんが高校1年生のころに参加したダンススクールの合宿で指導者と出会い、その縁からジャニー喜多川氏に紹介されたという経緯が紹介されています。これは同記事が伝えた経緯であり、ボイメン離脱の理由まで直接説明するものではありません。
【脱退理由】平野紫耀はなぜボイメンを辞めた?公式発表と推測の違い
検索で特に多い疑問が「平野紫耀さんはなぜボイメンを脱退したのか」という点です。しかし、当時の離脱理由を明確に説明する公式発表は、現在参照できる公開記録からは確認できません。
週刊女性PRIMEが2020年に掲載した記事でも、当時、グループから脱退に関する発表はなかったようだと説明されています。清水天規さんのブログは平野さんがすでに卒業していたことを示す手掛かりですが、卒業の理由や、本人がどのような話し合いを経て活動を離れたのかまでは伝えていません。
では、なぜ離脱したのでしょうか。公開情報から考えられる背景には、芸能活動の方向性や、個人としてのキャリア選択があります。平野さんはその後、ジャニーズ事務所に入所し、関西ジャニーズJr.として活動を始めています。グループ活動から別の芸能活動へ進むことになったという時間的な流れは確認できます。
ただし、ここで注意したいのは、ジャニーズ事務所への入所が2012年だったという事実だけでは、「ジャニーズに入るためにボイメンを辞めた」と断定できないことです。入所前後の時系列は確認できても、離脱の直接的な動機を示す本人の発言や公式資料がなければ、因果関係まで確定することはできません。
同様に、「待遇への不満があった」「メンバーと対立した」「事務所同士の問題があった」といった説明についても、具体的な根拠がなければ事実として扱えません。検索結果やまとめ記事で理由が一つに絞られていても、その情報が本人の発言なのか、関係者の証言なのか、筆者の推測なのかを見分ける必要があります。
現時点で最も確実な整理は、2011年ごろまでに活動を離れたとみられる一方、脱退の具体的な理由は公表記録から確定できないというものです。これは「理由が存在しなかった」という意味ではなく、理由を特定できるだけの公開情報がないという意味です。

【共演NG説】平野紫耀とボイメンは共演できない?噂が広がった経緯と真相
平野さんとボイメンをめぐる話題の中でも、繰り返し取り上げられてきたのが「共演NG説」です。この噂が広がるきっかけの一つとなったのが、2020年4月22日に放送されたTBS系『ワールド極限ミステリー』でした。
当時、平野さんとBOYS AND MENの元メンバーである小林豊さんが、同じ特番の出演者として名前を連ねました。しかし、週刊女性PRIMEが2020年5月10日に掲載した記事によると、2人が同じシーンに登場することはありませんでした。この状況を見た一部の視聴者や関係者の間で、共演が制限されているのではないかという疑問が生まれたと報じられています。
ただし、同じ番組に出演しても同じ場面に登場しなかったという事実だけで、共演NGが存在すると判断することはできません。番組の構成や収録形式、出演者ごとの企画内容など、画面上の共演状況には複数の要因が考えられるためです。
さらに、2019年発売の『FRIDAY』がボイメンへの圧力問題を報じたと、週刊女性PRIMEの記事は紹介しています。同記事には、芸能関係者による証言として、ジャニーズ事務所側がボイメンの出演を避けるような動きをしていたのではないかという見方も登場しました。一方、これらは関係者の証言や報道上の見解であり、平野さん個人とボイメンの共演を禁止する公式ルールが公表されたことを示すものではありません。
また、平野さんがボイメン時代について「同姓同名の別人」と答えるという話も同記事で紹介されていますが、これは伝聞として記載された情報です。本人の公式発言として確認できるものとは区別する必要があります。
共演NG説の真偽を考える際は、次のように情報を整理すると分かりやすくなります。
- 確認できる事実:2020年の同じテレビ特番に平野さんと小林豊さんが出演者として名を連ねた。
- 報道で伝えられた状況:2人は同じシーンには登場しなかった。
- 確証がない点:事務所や番組制作側が2人の共演を禁止していたかどうか。
- 判断の基準:公式発表、本人の明確な発言、具体的な裏付け資料があるかどうか。
つまり、共演NG説は芸能メディアで取り上げられた話題ではありますが、公開記録だけから確定的な事実として扱うことはできません。テレビでの登場場面が分かれていたことと、出演を禁止する取り決めが存在することは、別の問題です。
【ボイメン時代の評判】清水天規のブログと公式記録から見えること
平野さんのボイメン時代の評判を知るうえで、手掛かりとなるのが当時のメンバーによるブログです。中でも名前が挙がるのが、元メンバーの清水天規さんです。週刊女性PRIMEの記事は、清水さんが2011年9月14日に投稿したブログで、平野さんについて触れていたと紹介しています。
「いつの間にかボイメンを卒業してたショウ」
この一文は、当時のメンバーによる投稿として報じられたものです。少なくとも、平野さんがすでにグループを離れていたことをうかがわせる記録として注目されてきました。一方、この記述だけから、離脱の詳しい事情や、メンバー同士の関係性をすべて読み取ることはできません。
ボイメン公式ブログに平野さんの名前が残っていることも、過去の活動を確認するうえで重要です。2020年の週刊女性PRIMEの記事は、平野さんの名前が最後に確認できる投稿が2011年5月27日だったと伝えています。これらのブログ記録は、後年の噂だけではなく、当時の活動を示す資料として意味があります。
ただし、「ボイメン時代の評判」という問いに対して、当時のファン全体の評価や、平野さんの具体的な人気順位、メンバー内での立ち位置を数字で示せる公開資料は十分ではありません。後年の知名度を基準にして、当時から特別な待遇を受けていた、あるいはグループ内で確執があったと断定するのは避けるべきです。
また、ボイメン側が平野さんを一貫して避けていたという見方についても、週刊女性PRIMEの記事は別の角度を紹介しています。同記事では、平野さんが在籍していた当時のブログ投稿が残っていることや、バラエティ番組でメンバーが平野さんの名前に言及した事例があったことを挙げ、ボイメン側が一方的に平野さんをタブー視していたとは限らないという見方を伝えています。
ここで大切なのは、ブログに名前があることは過去の接点を示す一方、現在の親交や個人的な関係まで保証するものではないという点です。過去の活動記録、当時のメンバーの発言、現在の交流状況は、それぞれ異なる種類の情報として整理する必要があります。

【2026年現在】平野紫耀はNumber_i、ボイメンは「でらっくす・ボーイズ」へ
2026年現在、平野紫耀さんは神宮寺勇太さん、岸優太さんとともにNumber_iのメンバーとして活動しています。Warner Music Japanの公式アーティスト情報では、Number_iは2024年1月1日に「GOAT」を配信リリースしてデビューした3人組として紹介されています。
平野さんのキャリアを振り返ると、ボイメンの初期活動、ジャニーズ事務所への入所、関西ジャニーズJr.としての活動、King & PrinceでのCDデビュー、そしてNumber_iでの再出発という節目が並びます。過去の所属や活動歴は現在のキャリアを理解する手掛かりになりますが、それぞれの時期に本人が選択した活動の形は異なります。
2026年には、Number_iの活動も新たな段階に入っています。Warner Music Japanの公式情報によると、同年9月23日にはトリプルAサイドシングル「REBON / BUGS LIFE / DIGITAL GIRL」が発売されました。また、同年8月にはグループ初のワールドツアー開催が発表され、日本公演は10月から札幌、東京、名古屋、大阪、福岡の5大ドームで実施する計画が公表されています。2027年にはアジアおよび北米での海外公演も予定されています。
一方、平野さんが初期活動に参加していたとされるBOYS AND MENも、2026年に大きな転換点を迎えました。グループの公式告知によると、メンバー5人は2026年3月31日をもって株式会社フォーチュンエンターテイメントとの専属契約を終了し、新たな活動名「でらっくす・ボーイズ」として活動を進めることを8月8日に発表しました。
この改名は、平野さんがかつて所属していたとされる時期の話とは別の、グループ自身の現在の活動体制に関する変更です。新たな活動の運営は、田村侑久さん、辻本達規さん、本田剛文さん、平松賢人さん、吉原雅斗さんの5人が設立した株式会社Nagoya Okoshiが担います。
2026年8月の公式告知では、2027年3月31日までを名称の移行期間とし、新規の出演・イベント・各種発信には「でらっくす・ボーイズ」の名称を使用する一方、すでに進行中の案件や制作済みの作品などは原則として「BOYS AND MEN」の名称で扱うと説明されています。2027年4月1日からは「でらっくす・ボーイズ」に名称を一本化する予定です。
したがって、2026年現在のボイメンについて調べる場合は、従来の「BOYS AND MEN」と新名称の「でらっくす・ボーイズ」が併存する移行期間にあることを押さえておくと、ニュースや出演情報を追いやすくなります。改名は平野さんとの関係が理由で発表されたものではなく、公式告知ではグループの契約終了と新たな活動体制への移行として説明されています。
【プロの結論】ボイメン平野紫耀の情報を見極める3つの判断基準
平野さんとボイメンの関係をめぐる情報には、当時のブログに残された記録、後年の芸能メディアによる検証、関係者の証言、そしてネット上で広がった推測が混在しています。検索結果を読む際には、どの種類の情報なのかを意識するだけで、誤解を大きく減らせます。
第一の基準は、記録が何を証明しているかを限定して読むことです。 2011年のブログに名前があることは当時の接点を示しますが、正式な脱退理由や現在の交友関係まで証明するものではありません。記録から直接分かることと、そこから推測できることを分けて考える必要があります。
第二の基準は、情報の出所を確認することです。 公式告知は活動名や契約状況を把握するうえで重要です。報道記事は、当時の状況や関係者の証言を知る手掛かりになります。ただし、記事内に登場する関係者の推測が、本人や所属先の公式見解と同じ重みを持つわけではありません。
第三の基準は、現在の情報と過去の情報を混同しないことです。 平野さんは現在Number_iとして活動しており、ボイメンは「でらっくす・ボーイズ」への移行を進めています。過去の在籍歴を振り返ることと、現在の活動や関係性を判断することは、別々の視点から考える必要があります。
この3点を踏まえると、ボイメン時代の平野さんについては、初期活動への参加と2011年ごろの離脱を示す記録がある一方、脱退理由や共演NG説を決定づける公表資料は確認できない、という整理が最も実態に近いといえます。情報の空白を刺激的な噂で埋めるのではなく、何が記録され、何が明らかになっていないのかを区別することが、芸能ニュースを正確に理解する近道です。
【ボイメン時代の平野紫耀】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:平野紫耀はBOYS AND MENの初期メンバーだったのですか?
A1:はい。週刊女性PRIMEが2020年に掲載した記事では、平野さんは2010年結成のBOYS AND MENの初期メンバーとして活動に参加していたと報じられています。当時の公式ブログに名前が残っていることも、過去の活動をたどる手掛かりです。
Q2:平野紫耀がボイメンを脱退した理由は何ですか?
A2:脱退の具体的な理由を説明する公式発表は、公開記録から確認できません。2011年ごろに活動を離れ、2012年にジャニーズ事務所へ入所したという経緯は報じられていますが、入所と脱退の直接的な因果関係までは確定していません。
Q3:平野紫耀とボイメンは本当に共演NGなのですか?
A3:共演NGを裏付ける公式資料は確認できません。2020年の『ワールド極限ミステリー』では両者が出演者として名前を連ねたものの、同じシーンには登場しなかったと報じられています。この状況だけで、事務所や番組制作側による共演禁止があったと断定することはできません。
Q4:平野紫耀は2026年現在、どのグループで活動していますか?
A4:神宮寺勇太さん、岸優太さんとともにNumber_iのメンバーとして活動しています。2026年にはシングルの発売や初のワールドツアー開催が発表され、日本公演は全国5都市のドームで実施する計画です。
Q5:BOYS AND MENは2026年に解散したのですか?
A5:2026年8月の公式告知は、解散ではなく、専属契約の終了と「でらっくす・ボーイズ」への改名、新たな運営体制への移行を発表したものです。2027年3月31日までは移行期間として従来名と新名称を使い分け、2027年4月1日から新名称に一本化する予定です。
まとめ:平野紫耀のボイメン時代は公開記録と現在の活動を分けて理解する
平野紫耀さんは、ジャニーズ事務所への入所前にBOYS AND MENの初期活動に参加していたと報じられています。2011年の公式ブログ関連記録や清水天規さんの投稿は、平野さんが当時のグループと接点を持ち、その後活動を離れた経緯を知る重要な手掛かりです。
一方、脱退理由については、本人やグループによる明確な公式説明を確認できません。共演NG説も、2020年のテレビ番組で同じシーンに登場しなかったという状況や、芸能メディアが伝えた関係者の証言を背景に広がったものですが、共演を禁止する取り決めが存在したと断定できる公表資料はありません。
2026年現在、平野さんはNumber_iとして活動を続け、グループ初のワールドツアーという新たな段階に進んでいます。かつての活動に参加していたBOYS AND MENも、「でらっくす・ボーイズ」への改名と独立した運営体制への移行を発表しました。
過去の在籍歴は、平野さんのキャリアを理解するうえで意味のある一章です。ただし、その歴史を確執や禁止事項といった刺激的な言葉だけで説明することはできません。ブログなどの当時の記録、公式発表、報道による証言を区別して読むことが、平野紫耀さんとボイメンの関係を正しく理解するための判断基準になります。 (出典: ボイメン 平野紫耀(Yahoo!ニュース))